夜中にSNSを閉じたあと、「今日も感謝!」
「常にポジティブで!」という言葉の羅列に、
説明できない虚しさや息苦しさを覚えたことはありませんか?
今の生活に大きな不満があるわけではないのに、
なぜか心が休まらない。
今の自分と、世間が求める「正しく美しい自分」の間にズレを感じているなら、あなたは今、人生の重要な転換点にいます。
なぜ「ポジティブ」が私たちを苦しめるのか
世の中には、「物事の良い面だけを見よう」と
説く声があふれています。
しかし心理学では、過剰な前向きさの強要を
「トキシック・ポジティビティ(有害なポジティブさ)」と呼び、
かえって人の心を追い詰めるものとして警戒しています。
物事には、必ず裏と表が存在します。
それにもかかわらず「綺麗な世界」だけを見ようとするのは、
厳しい現実から目を背ける現実逃避に過ぎません。
人間には、自分が見たい情報だけを集めてしまう
「確証バイアス」という思考の癖があります。
裏側にあるリスクや他者の悪意を見ないふりをして、
耳障りの良い綺麗事ばかりを信じようとするとどうなるでしょうか。
結果として、耳に心地よい言葉を並べるだけのビジネスや
人間関係に都合よく搾取され、大切な資産や心をすり減らして
しまうことになります。
世の中は、綺麗事だけで渡っていけるほど
単純な場所ではないのです。
自分の中にある「黒い感情」を許す
社会の仕組みが矛盾を抱えているのと同じように、
私たち人間の内面もまた、矛盾に満ちています。
「常に誠実でありたい」と願う一方で、誰かの成功を
強烈に妬んだり、理不尽な出来事に「ふざけるな」と
腹の底から怒りが湧き上がったりすることがあるものです。
立派な建前を語る人が、裏ではドロドロとした欲望を
抱えていることも、人間社会では決して珍しいことではありません。
でも、それでいいんです。
怒り、嫉妬、怠惰、欲望。そうした「黒い感情」を否定し、
無理に漂白しようとするから苦しくなるのです。
光が強ければ影も濃くなるように、清らかな面と濁った面の
両方を持っているのが、自然な人間の姿です。
自分の中の濁った部分を許し、「それもまた自分の一部である」
と認めること。
それが、本当の意味での自己受容の第一歩となります。
「清濁併せ呑む」という生存戦略
綺麗事の鎧を脱ぎ捨てることは、決して「悪人になれ」と
いうことではありません。
世の中の理不尽さや悪意、そして自分自身の弱さや矛盾。
それらを否定せずに、「そういうものも確かにある」と
両目を開いて真っ直ぐに見つめるということです。
良い面と悪い面、その両方をバランス良く観察することで、
初めて世界の「真実」が見えてきます。
「清濁併せ呑む」こと。
これこそが、人生で何度目かの壁にぶつかったときに持つべき、
自分を守るための生存戦略です。
美しいものを愛でる心を持ちながら、泥臭い現実を生き抜く強かさも持つ。
自分の中の矛盾を受け入れられた人だけが、他者の不完全さも許すことができ、結果として精神的にも経済的にも豊かな人生を築くことができるのです。
もう、無理に「いい人」でいる必要はありません。
自分の中の光と影、両方を手のひらに乗せてみてください。
きっと、今までよりもずっと心が軽くなり、息がしやすくなるはずです。